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[故郷に帰る]21世紀、癒やしの時代に/「自在屋」/秋田
 

土間につるされた干し餅、居間にはいろり、そして台所にかまど??。
 協和町荒川の住宅地に、秋田杉をふんだんに使った曲がり家「自在屋」(電話018・892・3005)がある。川井達弘さん(62)は夏の間、生まれ育った旧家を都会の人に開放し、農業体験塾を開く。
 「収入はわずかだが、支出も車のガソリン代くらい」。昔ながらの自給自足生活で作業着がすっかり板に付いた。しかし10年前の川井さんは東京都内で外資系コンピューター会社に勤め、スーツに身を包む「企業戦士」だった。
 高校卒業後に上京。「何を作っても売れた」バブル経済の後、配属された人事課で多くの退職者から「定年後にすることがない」と聞かされた。そのころ、実家が人手に渡ったと知った。農業の機械化が進み、コンバインやトラクターを購入したが、借金が返せなくなったという。
 
 ◇自然に逆らわぬ暮らし
 
 帰郷を決意し、93年に早期退職。翌年、自宅を買い戻し自在屋を開設した。参加者は機械を使わない農作業を体験し、まき割り、どじょう釣り、山菜採りなどの田舎暮らしと郷土料理を楽しむ。
 ホームページや口コミで利用者が広がり、開館する5?10月に、全国から約300人が訪れる。外国人の来訪も少なくない。
 「多くの人が訪ねてくれるのは、自然に逆らわない暮らしを体験したいから。私が故郷に戻った理由と同じ」。川井さんは今夏から、減反で休耕になった水田に小屋を作る。川や水田の隣で家畜と暮らす農村のモデルを完成させるのが夢だ。
 
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◇シイタケ栽培??「営農」の志、見守りたい
 
 故郷に戻って三十余年がたった。比内町新館のシイタケ農家、佐藤三雄さん(56)が今春、「後継者求む」と農園の売却をホームページで呼び掛けてから、首都圏などのサラリーマン家庭から問い合わせが相次ぐ。「営農を志す人が多いと知って驚いた」と笑う。
 比内町で育ち、高校卒業後、航空自衛隊に入隊。埼玉県内の基地に配属された。しかし「秋田弁は直らないし、夏は暑くて人情のぬくもりもない」。隊の任務にも物足りなさを感じていた。
 そんな時、基地内の売店で偶然手にした本に「シイタケは農業の優等生」の文字を見つけた。間もなく退職を決め、群馬県内で住み込みで栽培を学べる農家を紹介され、1年間研修した。
 70年に比内町に戻ったが、農家の二男に土地はなかった。県の融資を受け、温室でシイタケを1年中生産する仕組みを県内で初めて導入した。栽培普及にも努力し、ピーク時には町内の生産高は2億円にものぼった。
 中国産の流通で栽培が苦境に立つと、大館市で野菜やキノコを販売する店舗経営を始めた。大型スーパー進出で一時は撤退したが、現在は岩手県内に新たに出店。店舗経営に集中するため、栽培の縮小を決めた。
 約3000平方メートルの自宅敷地内の栽培施設などの販売を呼びかけると、埼玉、神奈川、青森などから問い合わせが来た。
 現在のところ後継者は決まっていないが、佐藤さんは「30年前、自分も同じ決断をした。そうした人たちの決断を見守っていければ」と、かつての自分の姿にも重ね合わせてエールを送る。問い合わせ電話090・7060・5534佐藤さん。

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◇人口減??「就職」軸に歯止め策を
 
 秋田県がまとめた「県人口移動理由実態調査報告書」によると、昨年9月までの1年間に本県から県外に転出した人の半数が就職や転職など仕事関連の理由だった。一方、仕事に伴う理由で県外から県内に転入する人数は低迷しており、人口減を食い止めるためにも県内での就職を促す対策が求められる。
 調査は01年10月?02年9月に、各市町村に届け出た転出、転入者全員に実施。19・5%から回答を得た。2人以上の家族単位で移動する場合は主な理由を一つ選択した。
 仕事を理由にする県外転出は全体の50・6%で、このうち、生徒、学生らの就職が24・2%、転勤18・0%、転職8・3%。また、転出後の就職先は、サービス業34・8%など第3次産業が75・1%を占めた。
 一方、県内に転入する理由で最も高いのは「家族と同居」38・8%。中高年らの転職が7・9%。新規の就職は7・5%だった。また転入後の就職先として、第1次産業が2・5%(農業のみ)あり、営農を志し本県に移住する人が一定層存在することが分かった。
 県議会少子・子育て対策特別委員会が01年にまとめた調査報告書によると、県人口は20年後に100万人を割ると予想される。厚生労働省が6月に発表した人口動態調査で、本県は出生率が8年連続で全国最下位。自然増加率も10年連続で最下位で、人口減に歯止めが効かない状態が続く。
 県は本県と他県出身者が県内に就職する「Aターン」(AKITAのA)を促そうと、就職面接会や情報提供を実施する。県内の農家は深刻な後継者不足を課題として抱え、農業生産力の著しい低下も現実の課題となっている。農業を魅力あるものとして都市生活者に積極的にアピールしたり、帰農後のきめ細かい指導をするなど、柔軟な対策が求められている。