大賞

[だから「旬」]静岡のスローフード ミカン/中/静岡

土蔵造りの貯蔵庫に入ると甘酸っぱく、すがすがしい香りが漂う。天井まで積まれた木製のせいろ一つ一つに、鮮やかなオレンジ色のミカンがところ狭しと並んでいた。「これが原木から採った寿太郎(じゅたろう)。出荷は2月中旬だが、今食べてもうまいだよ」。沼津市西浦久連のミカン農家、山田寿太郎さん(77)はそう語り、その一つを手渡してくれた。
 
 寿太郎は、静岡ミカンのブランドとして知られる「青島」の枝変わり(突然変異)で生まれた。ミカンの木の突然変異はよくあるが、商品作物になるような良品は珍しく、「よい枝変わりは、宝くじに当たるようなもの」と言われる。青島も尾張系の枝変わりで、静岡市で発見された。
 
 山田さんと寿太郎の出合いは75年春のことだ。ミカン畑でせんてい作業中に、青島の木に小さな葉をつけた枝が出ているのを見つけた。「すぐに摘んでしまわず、実になるまで様子を見ようと思っただよ」

 葉と同じで実も小さかったが、食べてみるとびっくりするほど甘い。農学系の大学院生だった長男寿樹さん(46)にも勧められて登録品種の手続きを進め、84年に「寿太郎」の名前がついた。

 寿太郎のすごさは高糖度の青島よりさらに甘い点にある。収穫時は強い酸味も2、3カ月の貯蔵で少しずつ下がり、食べごろになる。皮が厚いため青島より長く鮮度が保てるのも強み。ミカンが品薄になる毎年3月末まで出荷でき、普通の青島の2倍近い高値がつく。

 一般にミカン栽培には、三ケ日のような水はけのよいやせた土地が適している。しかし、根の張りが弱い寿太郎には肥よくな土地がよく、西浦の火山灰土壌が合った。そんな理由から寿太郎は西浦だけの特産で、約400軒が年間2500トン余りを生産しているに過ぎない。「ここでは青島は大きくなってしまうが、小玉の寿太郎には糖分がよく乗るだよ」。山田さんは愉快そうに笑った。

 ミカンの甘みは、光合成で作られる糖類がもとで、青島、寿太郎はともに果実に糖分をためやすい品種だ。

 静岡県では7年前から、光センサーでミカンの糖度を測定し、出荷時に等級分けするシステムを全国に先駆けて導入してきた。農家には自分が出荷したミカンの糖度を記録した成績表が配られ、点数に応じて売上金が分配される仕組みだ。

 現在では光センサーは全国に広がり、糖度をそろえるだけでは不十分になった。県柑橘(かんきつ)試験場の光センサープロジェクトチームは今月下旬、糖度だけに頼らずに顧客満足度を高める方法を探るため、東京都内で食味に関する消費者調査をする。

 チームリーダーの吉川公規さんは「生産者は糖度を最優先するが、中には『甘過ぎる』『酸味が少ない』と感じる消費者もいる」と指摘する。

 ミカンの糖度は8?15度だが、吉川さんの調査によると11度が「甘い」と感じる目安。青島、寿太郎は平均11?12度。農家によっては畑にビニールを敷いて水分を遮断するマルチ栽培を駆使してミカンの糖度を高めようとするところもあるが、11度以上の糖度は食味の上では意味がない。また、糖分は植物の体を作る炭水化物の成分でもあり、あまり度が過ぎると翌年に花が咲かなかったり、葉が枯れる障害が出ることがあるという。

 *  *  *
 寿太郎を手にとると直径5センチほどの小玉だ。厚めの皮を手で破り、袋ごと口に含んでみた。冷たさと一緒に濃い甘みが広がる。酸味も適度に乗り、出荷前でも十分においしく感じられた。

 ミカンは収穫後も呼吸し続け、味が熟成されていく。保存には低温と乾いた新鮮な空気が不可欠。この甘さがミカンの命の証しなのだろう。

………………………………………………
 ◇寿太郎はどこで食べられる?

 三島、沼津市内のスーパーや八百屋に出回りますが、大半は首都圏に出荷されます。今年の初出荷は2月11日。3月末までは首都圏のイトーヨーカ堂などで買えます。直接の申し込みはJAなんすん西浦柑橘出荷部(055・942・2068)まで。(JAなんすん販売担当・遠藤淳一さん)